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2006/01/12

世界地図を広げると⑥

(五十一)
いい勉強になった。…かな?

いよいよ、久しぶりに国境を越える。パスポートを使うのも久しぶり。
朝早く、ハンブルグ中央駅からヘルシンキ行きの電車に乗り込む。
目指すはコペンハーゲン(København)・デンマーク。

5時間の道のり。

日曜日のせいか、車内はガラガラ。
もっとも、これからどんどん寒くなるという時期に、もっと寒い所に行こうなんて思うやつは滅多にいなかろう。


列車が港駅に着くと、なんとそのまま列車ごとフェリーに乗る。

もちろん知ってはいたが、あらためてそれを目の当たりにすると、やっぱりびっくりする。
だって。
電車から降りて、船に乗って、対岸に着いたらまた向こうの電車に乗り換えて、
とか、
電車ごとだと、レールはどうするんだ、どうなってるんだ?! と思っていたから。


ゆっくりゆっくり、車両ごとフェリーの中へと進んでいく。
やがて、先に入っていた車や観光バスと並ぶ。
なんとも奇妙な光景。


あまり時間はなかったが、折角だから、車両から降りて船の中へと行ってみる。
どうやって入ったのかを見てみると、板張りの床に線路が埋まっている。そして、その先は、今や海へ。

なるほど、フェリーの入口に線路があるわけだ。

甲板に出てみると、それはそれはものすごい強風で、足をしっかり地べたにくっつけていないと、そのまま海へドボンだ。
いくら泳げるとはいえ、こんな寒い中海に落ちたら死んでしまうよ、と、落ちないようにしっかり手すりに捕まって階段を下りてくる。

船内は、最下層に列車が、その上の層に車、そしてその上はレストランや両替、トイレ、スーパーや免税店すらある。

約一時間でデンマークに入国。入ってきたときと同じようにして船から出ると、まるで北海道の片田舎に来たような感覚を覚える。

(五十二)
早速安宿を探そうと、意気揚々と街に出る。
この街では、都会ということもあって、ほとんど安宿がないという情報を得ていたので、あらかじめ目星をつけておいた。
が。
街に出ると、閑散とはしてないものの、どこかもの寂しい。
確かに寒いし、外に出る用事がなければ、屋内にいたほうがいいだろうけど、それにしてももの寂しい。

あまり深く考えず、お目当てのホテルに行って見ると、「CLOSE」の札がドアにかかっている。
??!
なんで? と、よく見るとその下に張り紙があって、どうやら、用がある人はここに行って、みたいなことと地図が書いてある。
簡単な地図で、しかもすごく近いので、行ってみると、そこは別のホテル。

中に入って理由を話すと、フロントのおじさんが、
「この時期はシーズンオフだから同時に営業するのは馬鹿げててね、それで順番で営業してるんだよ。ウチがやってる間はこの近辺のホテルはみんな休業ってわけさ」
なるほど確かに合理的だが…
「どうする? 部屋をとるかい?

どうするも何も…

仕方ないので一番小さな安い部屋をお願いしてみた。
ら。
それでも充分立派で、しかもそれなりにお値段もはる。

とはいえ久しぶりの立派な部屋に喚起を上げつつ、その値段に悲鳴を上げつつ、やっぱり嬉しくて安心して床につく。

(五十三)
ヒーターもよく効いてて暖かいし、シャワーはズッとお湯だし、窓からは向かいのビルと中庭が見える。
朝食は、コーヒー・パン・ハム・チーズ。
ああ、なんて贅沢。

そして、コペンハーゲンに来たら、是非見てみたいものがあった。
人魚姫の銅像。
アンデルセン原作の童話に出てくる人魚姫が、まさか銅像になってるなんて思いもしなかったので、果たしてどんなものかと、見てみたかったのだ。

バスも出ているようだけど、折角なので、散策がてら歩いて行ってみる。

いざ見てみると、思ったよりかなり小さい。
女性なのか、それとも少女なのか、とにかくその小ささに驚き、そして、なんとなく強さも感じる。

驚くほど綺麗な海。
その対岸には、工場がびっしりと立ち並ぶ。
岸ではなく海を見つめる人魚姫は、まるで泣いているようにも見え、何がそんなに哀しいのか、王子とのことか、海のことか、判らないが、自分の故郷である海が人間手によって汚されていくのが耐えられない、そんな感じも受ける。

そして、なぜ、海を見つめているのか。

細い腕、折れそうな手首。
よく見ると、その手には何か布切れみたいなものを持っている。

その小さい体は、しかし、海に負けず劣らず、威風堂々たる物。

姫という名がとても似合う。


ハンブルグから北上すること5時間。ようやくここまで来た。

(五十四)
とうとう、というか、やっと、というか、ついに、というか、とにかく「北欧」と呼ばれる地まで来たのだ。
まさかここまで来るとは思ってなかった。
実際に来られるとも思ってなかった。

それまで、ずっとドイツ国内を移動し、結果、一国に留まってた期間は、他の追随を許さないくらいに、ドイツが長い。
長いこと、ドイツにいた。
正月にナポリにいたことを含めても、約3週間。

それだけ大きい国とも言える。

しかし、実の所、ちょっとばかし飽きてもいた。
他の国に行きたい、他の空気・雰囲気に触れたい、という渇望が強くなっていたのも事実。

一番初めに、ブダペストで考えたルートには、実はデンマークはもちろんのこと、北欧は含まれていなかった。
ハンブルグから、オランダ・アムステルダムに行く予定だった。

しかしここへきて、どうせここまで来たんだったら、滅多に行くことのないであろう、また、滅多にいくことのできないであろう北欧に行ってみるのもいいんじゃないか、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー…と、慌ててガイドブックと時刻表を開いたのだ。


この旅を、この経験を、この冒険を、楽しんでる自分が、
無意識に、楽しんでる自分が、いた。


しかし、さすがにここまで来ると寒さも半端じゃない。

(五十五)
そりゃ、最も寒い時期(1月中旬)にこんな北に来るなんて…
手袋ナシじゃいられない、マフラー、セーター、コート、着込みに着込んで街中を歩く。

そして、この寒いのに、自転車に乗って移動してる人の多いこと多いこと。


街を見回すと、その建物の立派さに、口が開きっぱなしになる。
街の中の建物が王宮のような雰囲気。


ここコペンハーゲンには数多くの観光施設・スポットがあるのだが、残念ながら冬季休業がほとんど。春にならないと開かない。
仕方ない。
とはいえ、よく観光客らしき人を見かける、特にアジア系。
この寒い時期によくもまぁ…

人のことは言えないが。


都心のせいか、映画館がたくさんある。
へぇーデンマークの映画館、どんな作品を上映してるんだろう、どんな作品があるんだろう、そりゃ洋画だってあるだろうけど、いわゆる「邦画」ってどんなだろう、
と思いながら見てると、

『「八月の狂詩曲」* 監督:黒澤明』

ってどーんと大きく、しかも漢字で。

…ん??

日本の映画だよな?
黒澤明ってあの黒澤明だよな?
なんで???

と思いながらも、その足で切符買って劇場の中へ。
席に着いて間もなく始まり、ハッとする。


吹き替えだったらどうしよう…




*1991年公開。村田喜代子の原作を黒澤明が映画化。
【あらすじ】 ある年の夏休みに、長崎市街から少し離れた山村に住む老婆・鉦(かね)のもとに四人の孫たちがやってくる。都会の生活に慣れた孫たちは、田舎の生活に退屈を覚えながらも、長崎における戦争の傷跡や、鉦が話す昔話を聞き、戦争に対する考えを深めていく。
【主要キャスト】 村瀬幸子/吉岡秀隆/根岸季衣/茅島成美/井川比佐志/伊崎充則/リチャード・ギア

(五十六)
と、どきどきしていると、間もなく、久しぶりに聞く日本語が耳を打つ。
しかも長崎弁。
字幕が出ている。

とりあえずホッ。

あぁ久しぶりだなぁ、そういえば映画そのものも久しぶりかも。
しかもそれがデンマークで、黒澤作品見てるんだから、こんなことってもう二度とないだろうなぁ…と無意味に感慨深くスクリーンに見入る。

作品そのものはもちろん言うまでもなく面白く感動的で考えさせられるもので、気がつけばのめりこんでいる。
しかしフッと我に返る瞬間、それは、周りの反応だ。
外国人の中で、日本映画を見ると、実に変な感じ。
字幕のせいか、ちょっと、遅い。反応が。
そして、思いもよらぬところで笑いが起きる。

それだけ、習慣が違うということだろう。

今考えれば当たり前のようなことだが、映画に、その国の国民性や習慣、流行が織り交ぜてあることに、新しい発見ができた。


他の観光地が概ね休業ということも相まって、「八月の狂詩曲」は結局三回(も?)見た。

(五十七)
そして、なぜか台詞も全部覚えてしまい、いい機会だからと、そのままシナリオを書き始める。


次の目的地は、アムステルダム。
 
本当は他の北欧の国々に行きたかったんだけど、あまりの寒さと、あまりの休業振りに不安を覚え恐れをなし、結局南下。
というのも、実は折角だからこの寒い国で冬物を購入してみよう、きっとものすごくあったかいぞ、と、ショッピング街を練り歩いたことがあった。

意外と多くの人で賑わっている。
その中の一軒に目星をつけて中に入りお値段的にもよさげなセーターを見ていると店員さんが英語で話しかけてきた。

「そのセーターはお買い得だよ」
「(実はかなり重くてやっぱり買うのを止めようと思ってた)…いや…でも」
「これはね、あったかいよ~」
「でも相当重いよね?
「だからあったかいのさ」
「ん??
「重いモノの方があったかいんだよ、そういうもんだろ?
…そうかなぁ…
「だって掛け布団だってたくさんかけた方があったかいだろ?
確かに。
「だから、重い方があったかいんだよ」
「…なるほど…」
「観光客? これからどこ行くの?
「一応スウェーデンとかフィンランドとか…」
「フィンランド?! いやー寒いから止めた方がいいよ」
「え、でも大して変わらないでしょ?
「とんでもない、ここは普通だよ」
「そうなの!?
「そうさ、コペンハーゲンなんてまだまだあったかい方さ。お客さん、止しといた方がいいよ」
「いやーでも…」
「どうしても行くってんなら止めないけど、だったらなおさらこのセーター買って着てった方がいいね」

という、なんか上手い口上なのか、はともかくとして、結局セーターは買い、北上は止めてしまったのだ。


そのセーターを着て(確かに相当暖かい)、次の目的地へと向かうべく、コペンハーゲン駅に立つ。

(五十八)
乗り込んだコペンハーゲン始発のこの列車は、ヨーロッパの各都市へ向かう、行き先の違う列車が数多く連結されている。
オランダへはもちろん、ドイツの各都市や、パリ、そしてロンドンまでも。

Nord Expressというこの列車は何度も海を渡る強者。


21:05、コペンハーゲン中央駅発車。
アムステルダム中央駅には止まってくれないので手前で乗り換え。

久しぶりの寝台車。それまでは必ずと言っていいほど寝台車だったのに。
考えてもみれば、ドイツ国内の移動には寝台は必要ない。

寝台車は性に合うらしく、見知らぬ人と相席しても気にならず、長時間眠れるという安心感からか、なんとなく落ち着く。
今回も当然クシェット(2等の簡易寝台)。
でも今までとはなんとなく雰囲気が違う。
女性の車掌さんが車内で案内してくれ、その中身もまた立派。
一等を思い起こさせるようなシート。

ま、一等には入ったことないんだけど…

これで95DKK(デンマーククローネ)、約2000円。安い!


今回は、フェリーに乗った時に軽く食事を取る。さすがに美味しい。
が、船が結構揺れる。
なぜ? と思っても甲板に出て外を見てみる気になるほど温暖な気候ではない。
すごすごとクシェットに逆戻り。

三段ベットの一番上にのぼると、さすがに狭い。
落ちそうだなぁと何度も思うが、多少斜めに傾いているので、とりあえず落ちることはなかった。

やはりこの寝台はクシェットであって一等ではない。

(五十九)
しかも、翌朝アムステルダム中央駅の手前で降りて乗り換えなけなきゃいけないという緊張感から、何度も何度も目を覚ます。
おかげで乗り過ごすことなく難なく下車。
ホームに出て、アムステルダム中央駅に向かうホームで佇む。

アムステルダム中央駅について駅を出ると、いい天気。
街中に電線が張り巡らされていて、市電がひっきりなしに通っていく。車も。とても賑やかで、活気付いてる。いい雰囲気だ。

他の街でもあったことだが、外国人と見ると、寄ってきて金を無心する人達がいる。特にここアムステルダムでは頻繁に声をかけられた。
パリまで行きたいんだけどチケットが買えないから少しお金ちょうだい、みたいな感じで。

そしてその流れのようにごく自然に麻薬を売ってきた人もいた。

えーと、一応ここ首都だよな…しかも駅前だし。


宿探しを始め、五軒目で安宿に辿り着く。
表通りから一本入ったところで、なかなか裏道っぽくていいなぁ、と、部屋に案内されると、なんとなく地下っぽい。
部屋が潜っているのか、それとも道路が高い所にあるのか、窓が上にある。
そして、外を歩く人達の声や足音が斜め上から聞こえてくる。

オモシロイ。

が、うるさい。

部屋には「寒くないように」という気遣いからか、かなりちゃんとした電気暖房器具があったり、ベッドには毛布が二枚もある。
実に嬉しい。助かる。


アムステルダムといえば、まぁいろいろあるけど、何はおいてもアンネの家だろう。
ユダヤ人、アンネ・フランク。
「アンネの日記」の著者。

わずか15歳でその生涯を終えた。

(六十)
当時の家が、今もなおそのまま記念館として残っていると知り、早速、出かけていく。
衝撃を受けることは違いない。


地図を片手に、周りの景色や運河を見ながら歩いていると、今まで他国でたまに見かけていた屋根部分についている滑車が、ここアムステルダムでは全ての建物についている。
建物自体はみな縦長で、45階建てが普通。
隣接する建物との距離は、1mとない。
この滑車は、つまり、家具やその他大きなものを室内入れるために吊り上げるためのものなのだ。

大体15分くらい歩いたら、いきなりお目当ての建物が普通に建ってる。
よく見れば、「アンネ・フランク記念館」と小さな看板が出てる。

中に入ると、受付と展示物が多少。
決して高くない入場料を払うと、すぐに「アンネの家」の中に入れる。ぐらい狭い。
壁際に沿って細い細い階段を上がっていくと、突き当たりの壁に大きな穴が開けられており、それを塞いでいたと思しき本棚が重そうに開いている。

というか、当時に開けられたまま、なんだ。

しばらくその前で呆然としてしまう。
恐る恐るその穴を潜るとすぐ右側に部屋があって、記念館用に作られたと思えるテレビと解説・6ヶ国語ぐらいのものがある。
まっすぐ行くと、そのまま階段が続いていて、建物そのものの行き当たりに着く。
居間。
居間の右側がアンネの部屋で、その上がペーター達の部屋。

二重構造になっているその家の中には、家具が一つもない。
しかも壁には、ポスターやハガキなどを貼った日焼けの跡が生々しく残っている。

厳粛な気持ちになる。

戦争が全てを奪っていった感じが、肌を通して伝わってくる。
ほんの47年前*、ここで、現実にあったんだ。たった47年…そう思うと、決して過去のことじゃない、未だ残っている、現実なんだ。

どこからともなく、アンネの声が、アンネの家族の声が、「ご飯よー」「はーい!」「シーっ」みたいな声が、聞こえてきそうになる。


あぁ、戦争が遺したものはこれか、と。




*この時「アンネの家」に行ったのは、19921月。


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